Laura day romance│只今より、古参

只今より、古参

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合歓る - walls [digital full album]

合歓る - walls [digital full album]

DIGITAL

2025.02.05 RELEASE

3rdアルバム前編

https://Lauradayromance.lnk.to/Nemuru-walls


01. 5-10-15 I swallowed|夢みる手前

02. Sleeping pills|眠り薬

03. Amber blue|アンバーブルー

04. 深呼吸=time machine

05. 転校生|a new life!

06. mr.ambulance driver|ミスターアンビュランスドライバー

07. subtle scent|微香性

08. プラットフォーム|platform 

09. smoking room|喫煙室

10. 渚で会いましょう|on the beach


ライナーノーツ 文:石角友香

2024年8月リリースの「渚で会いましょう」取材の段階からすでにこの曲が来たるアルバムのラストを飾ることは決まっていた。と、同時にアルバムの全体像が判明した時にこの曲の意味合いも分かるのでは?というソングライター鈴木迅の発言を訊いていただけに、ある程度の想像はできていた。できていたのだが、これほどトータルで力のあるアルバムになろうとは。常々Laura day romanceは音楽で何をやろうとしているのか?という意味で恐ろしく志の高いバンドだと思っていたが、遂にアルバムスケールでそのことを実証してきた感がある。

「1st、2ndでは統一感だけはキープしつつ、1曲1曲並べていくっていう作業だったので、そこからもうちょっと踏み込みたいというか、長編じゃないとできないことをやりたいというのが最初にあって」と、鈴木は本作のインタビューで語っている。その背景にはサブスクリプションでの音楽視聴やSNSの影響で単曲や短い尺で音楽に触れることは聴き手のスタンスはともかく、作家の体力が減衰していることに若干の飽和を感じていたからでもあるという。実際『合歓る -walls』には2024年の配信シングル「Young life / brighter brighter」「透明 / リグレットベイビーズ」は収録されていない。バンドは一つのテーマを持った前後編に渡るニューアルバムを作ることにしたのだ。

さて、アルバムに先行してリリースされた「渚で会いましょう | on the beach」と「Amber blue | アンバーブルー」のアルバム内での役割や位置も気になりながら、もちろんアルバム新曲そのものにも期待しながら再生していくと、曲調は10曲それぞれ異なるものの一本の映画を鑑賞し終えたような強い体験の余韻が残った。しかもそこには本能的に内蔵している名曲の黄金律も、インディポップという形容すら緩く少し古く感じるほどフリーキーに逸脱するアレンジもある。1曲に語らせすぎないことで生まれる自由さなのだと思う。『合歓る - walls』は主人公の彼女(もしくは彼)の記憶に残る稀有な関係性を持つ彼女(もしくは彼)の場所や時期をまたぐ物語のスタイルをとっている。10曲を通して聴くことで得られる長編映画のような印象にとって、むしろ1曲の中に物語の要素を詰め込みすぎることはアルバムのテーマにそぐわないからなのだろう。

“映画のような”印象を残すものの、聴き手のバックボーンや年齢によって『合歓る - walls』から実際に想起される感情や景色はそれぞれだと思う。ただ構成される曲の時間軸は現在もあれば、おそらく二人が出会った10代の頃を思わせる設定もある。時間と空間をアルバムが進むごとに擬似体験できるのは音楽表現の醍醐味だし、それを歌詞だけでなくアレンジやミックスによる空気感でも実現しているところがこのアルバムの聴く楽しみに繋がっているのは間違いない。

オープナーの「5-10-15 swallowed | 夢見る手前」の冒頭、地下鉄の構内放送と井上花月のスキャットですでに心がざわつき始め、懐かしさのあるメロディと珍しくコブシのある歌唱と霹靂めいた突然の音の壁にこれまでのローラズと違う側面を感じる。1曲目の最後で部屋を飛び出して行った君と繋がる時間軸かは不明だが、「Sleeping pills | 眠り薬」での“僕”は君の部屋に一人でいて、一緒に聴いたレコードから教訓を得たりしながら甘やかな計画を立てているように思える。甘やかなのはメロディや曲調と相互に作用しているのかもしれない。そして部屋での妄想から「Amber blue | アンバーブルー」で、主人公は一人旅に出る。
アンバー=琥珀の中に閉じ込めたのは二人の時間なのか、君そのものなのか。面白いのはこの曲の生々しい音像とフリーキーなアレンジが主人公の夢想にとどまらず、実際に未知の場所に歩いていくニュアンスを与えていること。先行配信された時には中期ビートルズ的なサイケデリアや、リズムキープとは異なるドラマを立ち上げるドラム、特徴的なギターリフに耳が行ったが、アルバムの中で聴くと主人公と“君(もしくはあなた)”の関係が気になってくる。

揺蕩うギターの音とオートチューンのかかった歌、そしてはっきりどこかを掴めない環境音で構成される「深呼吸=time machine」を挟んで、アルバムは時空を遡る。5曲目の「転校生 | a new life!」と題された1曲はここまでの抽象度の高い情景描写に比べて、こんなシチュエーション、なんとなく知っているという思いにとらわれた。誰にも媚びない転校生の佇まいに惹かれ憧れるあの感じ。退屈な毎日に差し込む光とちょっとした戸惑いを穏やかな始まりから小さなロックオペラ調にまで展開していく構成が、青春モノの予定調和を超えていく。これはやっぱり音楽だからできることだと思う。さらにアルバムの中では事件も起きる。「mr.ambulance driver | ミスターアンビュランスドライバー」というタイトルと歌詞、走っていくようなビートの推進力や挟まれる効果音が呼び起こすものが確かにある。そして「subtle scent | 微香性」はひと連なりの続きのシーンなんじゃないだろうか。インディロック/フォークの日本での成熟を実感するアレンジや大きなタイム感、囁くようでいて、だからこそ素の感情が宿る井上の歌唱もまさに“微香”だ。そして次の「プラットフォーム | platform」まではおそらく10代の記憶なんじゃないだろうか。帰り際の他愛のない会話はどうしても尻切れになってしまう。結局言えなかったこと、遠くなっていく電車。そんな情景と想いが淡々とした歌とビート、滲むような音の重なりに溶けていくようだ。

アルバムに少しビターでノワールな味わいを加える「smoking room | 喫煙室」。大人になった私(もしくは僕)は三人称で喫煙室に居合わせただけの二人を通して私と君の関係を再定義(というと堅いけれど)しているように感じる。この曲のアウトロにタイトルのない小さな曲が存在するのだが、デモ音源のようなパーソナルな音像とコード感で続く「渚で会いましょう」の場所へ繋がる感覚がある。そしてラストの「渚で会いましょう | on the beach」の聴こえ方はシングル時とはやはり違った。二人は「5-10-15 swallowed | 夢見る手前」の時間に帰ってきたんじゃないか?というのはシングル時はこの曲で描かれる内容が主人公の空想に思えたのだが、アルバムを通すと1曲1曲の物語はフィクションではあるけれど、描かれていることはそこで起こっていることだったからだ。そうなると空想の海は色も匂いも湿気も伴ってくるし、リズムの不規則性もパッシヴに聴こえてくるから不思議だ。

もちろん、ここでつらつら述べた印象は一人の聴き手の印象でしかないのだが、少なくとも
誰しもが自分の軸になっている人間関係やいつかの景色を思い出すはずだ。聴く人の数だけ各々の物語はありつつ、直線的な教訓に着地しないのはすでにLaura day romanceのファンなら承知の通りだと思う。それをアルバムという長尺の表現で実現した新しい境地がこの『合歓る - walls』なのだ。しかも嬉しいことに物語の続きは後編で展開していく。現段階でもバンドの胆力に圧倒されているのに、やはりLaura day romanceは音楽で何をやろうとしているのか?に自覚的なバンドだ。


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